【仏教の教え】悩みは尽きない

当サイトの管理人の塩漬け姉さんは仏教徒です。
私が最近よく考えるのが、人の悩みについてです。
「貧しくてご飯が食べれない」これは悩みです。

しかし、「美味しい食べ物がたくさんあるのに、食べると太るので食べることが出来ない」これも同じく悩みなのです。つまり、豊かになって食べるものが山のようにあったとしても(どんなに豊かになったとしても)、人の悩みは尽きないのです。

どこまで行ってもつきまとう悩み。
この悩みから開放される為の教えが『仏教』なのです。

仏教的悩みからの開放術

仏教徒は、お葬式や法事の時にお経を唱えるだけではありません。
元々は現世に生きる人を救済するための知恵のようなものでした。
(いつからお葬式とか法事にしか関わらなくなったのか・・・)

現世には悩みがつき物です。
その悩みの多くが「欲」と「恐れ」から生まれます。
その「欲」と「恐れ」の元を考え、消化し、「欲」や「恐れ」から己を解き放つことが、悩みから解放される第一歩であると、仏教徒では説いています。(多分)

この中でも食欲からくる肥満に関して考えてみると、「肥満することの恐怖」は「欲を押さえきれずに食べてしまう」ことから生じています。
つまり「欲」をコントロールできないことが大元の原因であるわけです。

では「欲」はなぜ生じるのかというと、「食べたい気持ちがあるから」です。
つまり、食べたい気持ちを滅すれば、「肥満してしまう恐怖」からも逃れられるというわけです。

その為には、自分の食べたいという気持ちを空っぽにする必要があります。
その他、お金持ちになりたいだとか、イケメンの彼氏が欲しいだとか、高価な装飾品が欲しいだとか、そういう気持ちも同時に空っぽにしてしまうのです。
これが「空」の状態です。

つまり、心が空っぽで何にもない状態です。
この状態ですと、「欲」からくる悩みや不安は起こりません。
ですので、仏教では「空の心の状態」を得ることを教えるのです。

空の心を手に入れるために大切なことは、何と言っても、この世の中の全てのものは皆、長い目で見れば永遠に存在するものも無ければ不滅なものもなく、そのはかなさを深く瞑想するということです。この原理をしっかりと理解し、己の心に深く刻み付ければ、ほんの些細なことに執着し囚われていることの愚かさを理解できるので、欲から開放されやすくなる・・・というわけです。

しかしながら、感情を滅することはなかなか困難なものです。
そこで『坐禅』が登場します。「坐禅」は呼吸法や瞑想などによっていち早く空の状態を得られるようにする「訓練」みたいなものです。


禅のほかに、チベット仏教でも同様に瞑想などによって、「空」の境地に達するように訓練します。「空」の状態に至るためには、日々のたゆまぬ努力が必要ですが、ひとたびその境地を手に入れると、すばらしい世界が広がっているそうです。

かく言う私はまだまだです。
ほぼ「欲ボケ姉さん」です。
でも憧れは持っています。いつか「空」の境地を開きたいなぁと。
・・・って、こういった「欲」があるうちは、空の境地に至ることは出来ないかもです。

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