当サイトをご覧になるには、ブラウザの設定でJavaScriptを有効にする必要があります。

永遠の若さと命の善悪

機械化して「永遠の若さと命」を得ると人間は幸せになれるのか」というにテーマについて描いた 銀河鉄道999 という映画(TVアニメもして放映されていましたが・・・)があります。

銀河鉄道999 では、人間が生身の体を捨てて機械化すると、「永遠の若さと命」が手に入るという設定になっています。ですので、多くの人々が自分も機械化して永遠の若さと命を手に入れたいと思っています。

スポンサーリンク

そこで、人々はこぞって「惑星 プロメシューム(惑星メーテル)」に行って機械化人になり、永遠の若さと命を手に入れます。

これだけを聞くと、機械化した人々は非常に幸せになったように思えます。
メンテナンスさえしっかりしていれば、決して死なないし、老いもないからです。

でも、実際には少々事情が違いました。
機械化人にはなったけれど、機械化人になった人々は大いに堕落していました。
また、命に対する尊厳も大きく失われてしまいました。

主人公の鉄朗という少年は、最初は機械の体を手に入れようと奮闘しますが、そのうちに機械化して永遠の若さと命を手に入れるということの問題点に気付き、機械化帝国を打倒しようと奮闘するようになります。


ところで、話は変わりますが、「永遠の若さと命」を手に入れる為に機械化せずともよく、人間のまま「永遠の若さと命」を手に入れられるのであれば、鉄郎の考えは変わったでしょうか?

答えはNOだと私は思います。
それは、「永遠の若さと命」があることそのものが人生の堕落と命の尊厳を失わせる要素になると思うからです。

人間というものは、人生には終わりがあると思うからこそ、今を一生懸命生きなければという気持ちが沸いてくるものですし、命の儚さともろさを自分自信で感じることができて初めて、自分以外の命に対する尊敬と畏敬の念が生まれてくるものだと思うからです。

でもまぁ、ここまで言うとやはりちょっと理想論が過ぎるような気もします。
やはり、若いままで長生きできるに越したことはないわけですから・・・。

ですので、安直な結論ではありますが、人間はほどほどに若く、ほどほどに長生き出来ることが一番の幸せなのかもしれないなと思います。
(日本人的な「ほどほど論」は、非常に中途半端な印象を与えますが、人生を気楽に生きるための一番の処方箋のような気がします)


銀河鉄道999
劇場版の銀河鉄道999。
鉄朗がハンサムな顔なんで、最初見たときはちょっと違和感があったです。
やっぱり鉄朗はジャガイモのような顔の子じゃないと・・・っていうのが、強かったですね。
でも、内容的には 銀河鉄道999 の凝縮版なので、内容の把握がしやすいです。
(銀河鉄道999は長かったですからね〜)

ちなみに、監督は りんたろう さんです。
メトロポリス でも監督を務められた方です。
メトロポリスに出ていた男の子の一途な雰囲気が、微妙に鉄朗とかぶっている辺りが「いかにもりんたろう先生だなあ〜」という感じなんですが、かなり面白い作品です。
メトロポリスは、 大友克洋さんが脚本を務めているますので、どこなく大友克洋さんの香り漂っている辺りも注目です。(どことなく、 AKIRA っぽい感じがします罠。(^m^))


スポンサーリンク